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沈んだ名 故郷喪失アンソロジー

1,650円

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=== 「故郷喪失」をテーマに書かれた全13編の小説・エッセイと、それらをふまえて書き下ろされた論考1編を収録したアンソロジーです。「故郷喪失」とは一体何なのか、なぜいま「故郷喪失」を語るのかという問いに真摯に取り組んだ選りすぐりの作品が揃っています。
 [収録作] いとー「あらかじめ決められた喪失者たちへ」
 「これを読んでいるあなたも、少なからぬ故郷喪失者の一人であるならば、どうか一言でも故郷喪失者による故郷の物語を紡いでほしい。」
 国家的な領土、権力による故郷の創出に、いかに抵抗するか。パレスチナで起きている虐殺・破壊に対し、特権的傍観者としてしか存在しえない筆者が、それでも応答する道を選んだテクスト。 
 城輪アズサ「ロードサイド・クロスリアリティの消失」 
 「ミーバース。それはSNSの似姿であり、失われた仮想の故郷だった。」
 県道沿い、ロードサイドにあったゲーム専門店は、いつも小学生と中年の溜まり場だった。そしてその環境と結び付けられた、箱庭めいたインターネット。筆者にとっての故郷は、すでに失われた亡骸としてある。 
闇雲ねね「これはあくまで私の話」
 「私は自分が同性愛者と自覚してから、人と健全にコミュニケーションを取れなくなっちゃったんですよね。」
 思春期の初恋、そして18歳の上京。「私」は新たな環境でカミングアウトという術を身につけ社交性を回復していく。しかし、思春期の、あのころの「私」はずっと暗い目でこちらを見つめてくるのであった。 
オザワシナコ「採集作業」 
 「時を経た今、皮一枚になった遺骸でも、親族は取り戻したいと思うものらしい。」
 温暖化により変異した数種の虫は人間に寄生するようになった。寄生された人間は羽を生やし、森へ飛びさったのち、皮だけになって朽ちていく。里山から「皮」を回収するアルバイトをしている「ぼく」は、ある日寄生が進み死にかけている子どもを発見する。 
 江古田煩人「帰郷の旅路」 
「…私は両親の顔すらまともに記憶していないんです。私のオリジナルの名前も、母親の声も、回収される日まで毎日抱いていたふわふわのテディベアの名前も……」
 星間タクシーのドライバーであるアンドロイドの「私」は、地球へ帰省するという客人を乗せ、これまでのことを語り聞かせる。幼児の姿をしたセラピーボットとして生を受けた語り手は、しかしその後すぐにリコールされてしまう。職を転々としたアンドロイドは問う「アンドロイドにとって故郷ってどこだと思いますか?」 
 伊島糸雨「塵巛声」 
「違腐乖々巛和傍存々」
 魄躰(はくたい)を持ち、言葉としてそれを切り分けながら生活する民たちの物語。言葉を発すると魄躰は削られるが、塵潮(じんちょう)の季節になれば、全ては元通りに修復される。しかしあるときを境に、塵潮は无塵(むじん)となり、无塵にさらわれたものは修復されず跡形もなく消失してしまうのだった。いつまでもそばにいることを誓い合った二人、宇恢と添空は、塵となって消える民たちの運命に苦悩する。 
 万庭苔子「回転草(タンブルウィード)」
 「それは毛細血管のようにわたしという人間の隅々まで張り巡らされた密やかな水脈であったのだ。」
 イラクからドイツに亡命した〈カーブボール〉。彼の顔写真を見る時、「わたし」はドイツで語学学校に通っていた時のことを思い出す。誰に対しても礼儀正しいイラク出身の男性、ナディールくんとはそこで出会った。今となっては消息もわからないナディールくんのこと、ドイツで食材を調達していたアラブ人街のこと、そして東日本大震災によって故郷が被災したときのこと、パレスチナにまつわるデモ。これらを目の当たりにしてきた「わたし」から召喚される、あるささやかな祈り。 
藤井佯「安全で安心な場所」 
「藤井さん頭いいけんさ、すごいとこ狙っとるんやろ? もしかして……九大とか!?」
 なぜ私は「故郷を喪失した」と感じているのだろう。私にとっての「故郷喪失」とはなんだったのだろう。話は高校時代に遡る。半生を振り返って、私に起こった「故郷喪失」について語ってみた。 
 湊乃はと「遺愛」
 「あの頃の己は、母を決して許せないのであるし、現在の己がたとえ許したところでそれには意味がないのだ。」
 学校を卒業するとすぐに奉公へ出た寅次だったが、癇をもつ母親が何度も奉公先の水菓子屋へ出向くので辟易している。ある日、母親は水菓子屋の娘の帯を引っ掴んで一悶着起こしてしまった。それで寅次は夜逃げ同然に飛び出して、新しい土地で妻を得て子をもうけた。一家の主人として生活を立て直していた矢先、妹から手紙がやってくる。 
 灰都とおり「絶対思想破壊ミーム小夜渦ちゃん」
 「たぶんあたしたち、みんな小夜渦ちゃんを運ぶ乗り物みたいなものなんですぅ。」
 東京で編集者をしている「わたし」は、Sと名乗るライターと出会う。意気投合して飲んでいるうちに、Sは幼少期に見たというアニメについて語り聞かせる。「わたし」は耳を疑った。そのアニメは、かつて「わたし」が幼少期、あの団地で耳にした話そのものだったから。 
 神木書房「祝杯」
 「船藤が帰った時、彼は恐ろしく暗い目をしていた。」
 同居と言うにはやや情があるが、同棲と言うにはためらいのある相手、船藤とおれの話。船藤の母親が亡くなると、船藤は酒を開けて「祝杯!」と宣言した。初盆が終わり帰宅した船藤はまたしても鯨飲する。酒の力に頼りきり、船藤は語りたくなかったことを語り始めたのであった。 
 犬山昇「壊れていくバッハ」 
 「ゴルトベルク変奏曲は花束さんのお気に入りの練習曲だったが、最初のアリアも満足に弾き通せなかった。」
 中学時代の「ぼく」は、両親が離婚の話し合いを進めている最中、花束家の住人だった。「ぼく」の隣に住む花束さんは、両親に捨てられ祖父母に養育されている。ピアノを弾くのが好きで、でも教室などには通わないから一向に上手くならない。花束さんも「ぼく」も、それぞれ進学してしばらく疎遠になっていた。久しぶりに実家へ帰ってきた「ぼく」を待ち受けていた光景とは。 
 玄川透「富士の雅称」
 「——フォンに意味はないよ。」
 芙遠と書いて「フォン」と呼ぶ人名はこの国では珍しい。しかもフォンは左利きである。そのことによって多くの不利益を被ってきた。例えば給食当番の時に浴びた罵声、外国人だと思われて謗られる日々、フォンという言葉に特別な意味はないという言葉。そのどれもがフォンを傷つけてきた。 
藤井佯「あらゆる故郷に根を伸ばす——なぜ故郷喪失を語るのか」 
 「だれしもが故郷喪失者であることを念頭に置き、なぜ故郷喪失が語られるべきかを明らかとする。」 
故郷喪失とは何か。これまで見てきた13編をふまえて、日本において「故郷喪失」という言葉はどのように使われてきたのか、この本を位置づけるとしたらどのようになるのか、なぜいま「故郷喪失」なのか、など論じています。 [版元サイトより] === 発行:
藤井佯 判型:A6 / 258ページ

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